2020年春、まだ新型コロナウイルスの影響が始まったばかりの頃、Cheer Up!のご常連であるトランぺッターの類家心平さんにはRS5pbのニューアルバム『RS5pb』についてインタビューさせて頂きました。それから3年。約1年前にリリースした中嶋錠二さんとのデュオアルバム『Duo』のこと、いま考えていること、2023年の展望。いろいろなことをお伺いしました。
ぜひ『Duo』を聴きながら味わっていただきたいインタビューになっています。(2023年4月)

---このアルバムをリリースすることになった経緯について教えて頂けますか?

類家:コロナ禍でお客さんの前で演奏する機会が無くなった事が一つのきっかけになってます。
今まで毎日の様に都内や横浜等でライヴをする事が日常でした。それが2020年の春くらいからまったく演奏活動が出来ない時期が続いて、この先の事や自分がミュージシャンであるという事自体も含めて色々と考えました。

そんな中で必然的に音源を残そうという思いが出てきました。人前で演奏が出来ないのであれば何か作品を残すという事を考えたという至極普通のアイデアなのですが。今迄は何となく時期が来たらアルバムという形に自分のやってきた事をまとめる様な気持ちで音源をリリースするという行為をしてきたのですが、もう少し能動的、積極的に音源を残したいなという気持ちが湧いてきました。

それと同時に東京から地元に帰る事が中々難しい状況下に置かれてしまったので、東京と自分達の繋がりをもう一度取り戻したいという思いが湧いてきました。
この二つの思いを実現する為に自分たちの地元、青森県八戸市でレコーディングしてアルバムを作ったら良いのではと考えました。

---レコーディングは2021年8月に八戸南郷文化ホールで行われたとのこと。
観客もいらしたのでしょうか?当日の様子や印象に残るエピソードなど教えて頂けますか?


類家:観客は入れておりません。無観客で行いました。
レコーディングスタジオとは違い解放感やホールならではの響きを感じながら演奏出来たのが良かったです。

今回はプロデュースしてくれたのが僕らの昔からの音楽仲間で、地元でカフェや音楽活動をしている友人達でした。ジャケットも友人に描いてもらっていてレコーディングエンジニアも地元の友人にやってもらいました。たまに小学校から仲の良い友人がちょっと聞きにきてくれたりとかして、とてもフレンドリーでリラックスした中でのレコーディングでした。
外に一歩出れば南郷の自然あふれる景色が広がっていてとてもリラックスした気持ちで演奏出来ました。

---2014年にもお二人はデュオアルバム『N.40°』を発表されています。8年経ってみて、このデュオでの変化などどのように感じられますか?

類家:レパートリーも変わったしそれぞれのテクニックや表現の幅も変わってきてる様に思います。
向かっている方向性は変わる事なく一緒ではあるのですが、より深く広くなってきた様には感じます。

---RS5pbでも共に活動されているお二人。中嶋さんとの出会いはいつ頃だったのですか?
中嶋さんについて、類家さんからみてどのようなお人柄かご紹介頂けますか?


類家:もう10年以上前だとは思いますが、最初はお互い違うバンドでの対バン企画で知り合いました。その後にとあるバンドで一緒になりプレイが素晴らしかったので最初にデュエットの編成で仕事を誘ったのを覚えてます。

その後ジャズフェスティバルに僕のバンドでの出演オファーを頂いたタイミングでRS5pbにも誘って一緒に演奏する様になりました。
Duoでもバンドでも兎に角嘘のないピアノを弾いてくれる方だなと思ってます。その時本当に彼の内側から出てきたフレーズを紡いでくれるような。そして毎回その時のベストの演奏をしてくれます。それは信頼に繋がるしやっていて楽しく刺激的です。人柄は至って穏やかですが芯がありブレない人だと思います。

---今作はカバー曲が多いですが、オリジナルも収録されていますね。
選曲基準などについてはいかがですか?お二人で話し合ったのでしょうか?


類家:自身のバンド(RS5pb)では破壊的な表現やアブストラクトな楽曲が多いのですがコロナ禍の影響で既に現実社会が壊れてしまっていたので、何かを壊すというよりは穏やかだったり美しかったりする楽曲に興味が出てきたのかも知れません。選曲については2人で決めています。

---このアルバムでのアレンジについては、即興性を優先されているのか、それともお二人で話し合いながらアレンジしていかれたのでしょうか。

類家:大体の曲がレパートリーとしてライヴで演奏している曲なのでとりあえずレコーディングしてみてよかったらOKテイクで、どこか腑に落ちなければ少し相談してもう一度トライするという感じです。アレンジも即興性もどちらも大事にはしてますが、その場の閃きや出てきたアイデアの方が重視されているような感じもあります。

---ここからは、一曲ずつお伺いいたします。

◆1.Blue Midnight (Paul Motian)
---Paul Motianの名曲。静寂に包まれた美しい曲ですね。
一曲の間に様々な奏法をしていらっしゃるように感じました。音色にハリがあったり息が多い音色だったり。そのあたりはいかがですか?


類家:サブトーンと言って息の混ざった音を使ってる部分があります。サックス奏者には使う方が多いですがトランペット奏者では使う人は少ないかも知れません。音量を抑えつつも感情を込めた演奏が出来るような気がします。
2011年に惜しまれつつこの世を去ったドラマーPaul Motianの曲を収録できて嬉しかった。

◆2.Amarilla Flor (Luis Alberto Spinetta)
---アルゼンチンの歌手/ギタリスト、ルイス・アルベルト・スピネッタの曲なのですね。
初めて知りましたが、寂しく美しくとてもいい曲ですね。


類家:この曲は、今回のアルバム制作のプロデューサーでもある地元八戸市の「ソールブランチカフェ」さんからのリクエストでした。素敵な曲に出会えて良かったです。

◆3.Boplicity (Miles Davis & Gil Evans)
---マイルス・デイヴィス『BIRTH OF THE COOL』より。原曲はホーンのユニゾンが印象的ですが、ピアノがそのユニゾン部分を担当しています。アレンジが洒脱ですね。


類家:『BIRTH OF THE COOL』は昔から愛聴版でした。
何回かやっていくうちにアレンジが固まってきました。なるべく僕ららしいアレンジになる様に試行錯誤しました。デュオだからこそ出来る自由な展開になったと思います。

◆4.Plus fort que nous (Pierre Barouh & Francis Lai)
---類家さんはトランペットで歌ったり囁いたりしているんだなぁ…と感銘を受けました。


類家:この曲も地元八戸市の「ソールブランチカフェ」さんからのリクエストでした。
フランシス・レイが作り、ニコル・クロワジールとピエール・バルーが歌っている曲で「愛は私たちより強く」という邦題が付いています。映画「男と女」の曲です。
哀愁のあるメロディーが美しく演奏していてもとても心地良かったです。

◆5.Ambergris (Shinpei Ruike)
---類家さんのオリジナル。多彩な表情を感じました。


類家:オリジナル曲になります。
アンバーグリスは、マッコウクジラの腸内で自然に精製された結石が原料になっている香料で竜涎香(りゅうぜんこう)とも呼ばれるものです。
動物の身体の中でできたものが美しい香りの原料になるという事がとでもドラマチックだと思ったので、そんなイメージで作曲しました。

◆6.Dear (Shinpei Ruike)
---こちらも類家さんのオリジナル。優しさを感じて癒されます。
ちょっと変わったミュート機器を使われているような?ピアノソロもまた美しくて、特にライブで聴きたい一曲です。


類家:この曲は産まれてきた者と亡くなっていった者の両者に向けて作りました。
ミュートはカップミュートというものを使っています。
最近ではRS5pbでもよく演奏してます。

◆7.Bye Bye Blackbird (Mort Dixon / Ray Henderson)
---有名なスタンダードナンバー。オーソドックスなアレンジかと思ったら急にアップテンポになり、Freelyな演奏になるところが面白く感じました。


類家:スタンダードナンバーを僕らなりにやってみました。それぞれのやりたい様に演奏できている様な気がしてます。

◆8.Luiza (Antônio Carlos Jobim)
---Bossa Novaの名曲を多数残したアントニオ・カルロス・ジョビンの曲。とても温かく優しい魅力に溢れてますね。Bossa Novaで他にお好きな曲はありますか?


類家:ジョビンやバーデン・パウエルは好きです。ルイーザもとても好きな曲のうちの一つです。トランペットで表現するのは少し難しい気もしましたが何とか自分達なりの演奏ができた様に思います。

◆9.Vida (Shinpei Ruike)
---アルバム『RS5pb』にも収録されている類家さんのオリジナル。バンドサウンドとまた異なった魅力ですね。


類家:VIDAというタイトルは「愛のゆくえ」というリチャードブローディガンの書いた小説の中に出てくる登場人物の名前からとりました。少し変わっていて美しい女性です。

◆10.Suiren (Shin Araki)
---荒木真さんの曲とのこと。荒木さんやこの曲との出会いについて伺えますか?


類家:荒木君とは歳が近く、出会ってからもう20年近く経つと思います。サックスプレイヤーとしては勿論、作曲やピアノ等の才能も素晴らしい、ファッションショーの音楽を手掛けたり多才な方です。
彼が2008年にリリースした『A SONG BOOK』というアルバムに入っていたこの曲を聴いた時にとても素晴らしい曲だなぁと思っていて、実際に荒木君に会った時に譜面下さいとお願いしたら快くいただけたのでそれからレパートリーとして演奏してます。
オリジナルの演奏とは少し変わってしまってますがとても素敵な曲です。







◆11.In A Sentimental Mood (Manny Kurtz / Duke Ellington)
---デューク・エリントンのよく知られるスタンダードですが、デュオの編成だとエリントンの作った切なく美しいメロディーが際立ちますね。


類家:これはレコーディングの一番最後に録りました。個人的には体力的にも精神的にも絞り出した感じになりました。良い思い出になりました。


---今回のアルバムジャケットのデザインがまた、とても美しくて!どなたの作品ですか?

類家:今回のアルバムは八戸市在住の友人達に協力してもらって制作しました。その中でも地元で「ソールブランチカフェ」をやっているタクちゃんとYAMさんが中心になって色々と進めてくれました。
このジャケットを描いてくれたのもそのYAMさんでした。レコーディング中から音を聴きながら少しずつ描き始めてもらっていて出来上がったものを見た時は本当に感動しました。音の世界観がそのまま絵で表現されていました。

---お二人の奏でる世界が静寂で美しく、とても心の落ち着くアルバムだと思います。
ジャズを難しく感じている方にもぴったりだなと思うのですが、そのあたりいかがお感じになりますか。


類家:普段は割とアバンギャルドなバンドや演奏のスタイルが多いので、いつもよりはとても聞きやすいアルバムになったのではと思います。

---前回類家さんにCheer Up!にご登場いただいたのは、2020年4月。コロナ禍が始まったばかりの頃でした。
あれから3年。その間に様々なライブやイベントが中止・延期になりました。類家さんは現在以前と変わらないようにライブ活動を行っていらっしゃるように見えますが、この3年、どのようなことをお考えになったのか、ご自身に心境の変化などはあったのか?などを教えて頂けますか。


類家:本当に経験した事の無い状況下に置かれ様々な事を考えました。今回アルバムで表現が静の方向に向かったのも少し今の状況が影響しているかも知れません。破壊的な表現では無く何かを懐かしんだり少し立ち止まって考えるような。

しかし新たに何かを考えたというよりは今まで思ってはいたけど顕在化してこなかったような事を肌感覚として思い直したという感じが強かったように思います。
音楽というものは自分にとってはとても掛替えのないものだけれども生きていく為にはもっと大切な家族や友人や命とかがあると言うような事だったり、音楽やその他のエンターテインメントは色々なインフラが正常に機能している上でしか楽しめなくて、音楽活動が普通に出来るという事はとても尊く有難い事なんだという事だったり。その様な事は普段から何となく心の奥の方で考えていたのだけれどその事が否応無しに思考のど真ん中に出てきて奇しくも普段から考えてはいるが中々身につまされる事が無かったような出来事を身を持って体現する形になりました。

なんとなく感染症が収束してきた今は、社会が元に戻ったというより、あの騒動を皆んなが経験して以前とは少し何かが変わってしまった状況のまま日常が動き出した様な気がします。ウイルスやワクチンやマスクの事等でこんなにも食い違う意見を持ってしまうものだという前提に立ちながら皆んなが上手くやれる道を模索したり、富やお金や成績や評価よりも自分の大切な事の為に時間を費やす事の重要さに気が付いたり、人間なんて自然から見たら本当にちっぽけなもので、人間が滅びようが地球はきっと回り続ける訳で、そんな大した力も無い人間という生き物は世界規模で全人類が助け合って色んな困難に立ち向かわなければいけないのではと思わされました。

---2023年の主なご予定、今後の展望について教えて頂けますか?

類家:海外のミュージシャンも日本へやってきたり、日本の方々も海外公演ができる様な状況になってきているので海外での演奏や他の国のアーティストとも演奏してみたいです。
バンドでの音源制作にも力を入れて取り組んでいる最中です。

---たくさんのお話をどうもありがとうございました。次作も楽しみにしております。




『Duo』類家心平 & 中嶋錠二

1.Blue Midnight (Paul Motian)
2.Amarilla Flor (Luis Alberto Spinetta)
3.Boplicity (Miles Davis & Gil Evans)
4.Plus fort que nous (Pierre Barouh & Francis Lai)
5.Ambergris (Shinpei Ruike)
6.Dear (Shinpei Ruike)
7.Bye Bye Blackbird (Mort Dixon / Ray Henderson)
8.Luiza (Antônio Carlos Jobim)
9.Vida (Shinpei Ruike)
10.Suiren (Shin Araki)
11.In A Sentimental Mood (Manny Kurtz / Duke Ellington)

Shinpei Ruike (trumpet)
George Nakajima (piano)

発売日:2022.5.18
レーベル:コアポート
規格品番:RPOL-10012
定価¥2,500(税抜価格¥2,273)

レーベルサイト
http://www.coreport.jp/catalog/rpol-10012.html






◆類家心平 プロフィール

1976年4月27日、青森県八戸市生まれ。
10歳の頃にブラスバンドでトランペットに出会う。高校生の時にマイルスデイヴィスの音楽に触れジャズに開眼する。高校卒業後海上自衛隊の音楽隊で6年間トランペットを担当。
自衛隊退官後、2004年Sony Jazzからジャム・バンド・グループ「urb」のメンバーとしてメジャー・デビュー。タイ国際ジャズフェスティバルに出演するなど注目を集める。
「urb」の活動休止後に自身のユニット「類家心平 4 piece band」を主宰。ファースト・アルバム「DISTORTED GRACE」を2009年にリリース。2作目「Sector b」を菊地成孔氏のプロデュースで2011年にリリース。

その後、メンバーチェンジを経て「RS5pb(類家心平 5 piece band)」となり2013年にT5Jazz Recordsよりライヴ盤「4 AM」をリリース。ド迫力の演奏内容に加え、PureDSDによる高音質録音の話題も加わり、CDのみならずハイレゾ配信で大きな話題を呼ぶ。
2016年にはRS5pbとしての2ndアルバム、そして初のスタジオ作品「UNDA」をリリース。強烈な個性を確立したそのバンド・サウンドは国内外にその存在感をアピールし、2018年には中国・深センにて開催される世界でも類を見ないアバンギャルド系ジャズ・フェスティバル、OCT-LOFT Jazz Festivalに出演、数百名もの若者がそのサウンドに熱狂した。

業界内での評価の高まりも凄まじく、以前アニメで劇中のトランペットを担当した「坂道のアポロン」の実写版映画でも、ディーン・フジオカ演ずる淳兄役の実際のトランペット演奏を担当。更には、今のJ-Pop界をときめく星野源による2019年リリースEP『Same Thing』からの一曲<さらしもの>(feat.PUNPEE)ではトランペット・ソロにて参加。
その他「菊地成孔ダブセクテット」「dCprG」、元「ビート・クルセイダース」のケイタイモ率いる「WUJA BIN BIN」や「LUNA SEA」のギタリストSUGIZOが率いるユニットにも参加。山下洋輔、板橋文夫、森山威男、鈴木勲などベテラン・ジャズ・ミュージシャンとの共演も多数。

類家心平 Official Web Site
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◆中嶋錠二 プロフィール

1981年生まれ、青森県八戸市出身。
高校までクラシックピアノを学び、J-POPを聴いて育つ。
尚美学園大学ジャズ&ポップスコースに入学。
坪口昌恭氏に師事し、ジャズピアノを学ぶ。
自己のトリオをはじめ、様々なバンドで活動している。
尺八や和太鼓などの和楽器との演奏もしている。

様々なCDなどの作品に参加しており、
2014年2月には類家心平&中嶋錠二の名義で『N.40°』をリリース。
2021年4月には自身の初リーダーアルバム『First Touch』をリリース。
2022年5月には類家心平&中嶋錠二の名義で2ndアルバム『Duo』をリリース。

現在、都内を中心に全国各地で活動中。
2018年にはスロベニア共和国、中華人民共和国での公演に参加。

中嶋錠二blog
https://georgenpf.exblog.jp/


<Cheer Up!関連リンク>
『RS5pb』類家心平インタビュー(2020年)
http://www.cheerup777.com/ruike2020.html
Shinpei Ruike Quartet『Lady's Blues』インタビュー(2019年)
http://www.cheerup777.com/ruike2019.html
吹部Cheer!トーク(2018年)
http://www.cheerup777.com/miyagi/qanda1.html#section7
私の吹部時代(2017年)
http://www.cheerup777.com/miyagi/suibujidai_ruike.html
KYOTO JAZZ SEXTET『UNITY』特集 インタビュー(2017年)
http://www.cheerup777.com/unity4.html
RM jazz legacy『2』コメント参加(2017年)
http://www.cheerup777.com/rm3.html
類家心平『Unda』インタビュー(2016年)
http://www.cheerup777.com/ruike_unda.html
KYOTO JAZZ SEXTET『MISSION』特集 コメント参加(2015年)
http://www.cheerup777.com/kjs3.html



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