CHEER UP! COLUMN


「タイム感」 溝渕ケンイチロウ


自分自身のタイム感てわかりますか?知りたいと思った事はありますか?音楽的な意味でのタイム感ではなくて、人間としての。


40歳を越えて、さほど知りたくなくても、客観視せざるを得ない状況に多く出くわし、自分と言うモノの外堀がなんとなく判ってきた今日この頃です。日頃のバイオリズムを、頑なに崩そうとしないし、目の前の目標に向かうための自分なりのプロセスを崩そうとしないし、毎朝行う同じ動作も、崩そうとしない。このぐらいの事柄を越えていくには、このぐらい頑張ればいい。その匙加減も、従事する前に想像する事が出来るし、それが大きく的外れになる事も無い。だが、近年、そんな俺のタイム感、自分自身のグルーヴ感に、多大なる影響を及ぼすモノに出会ってしまった。山です。山岳です。登山です。人間ごときの驕りや慢心など、一笑に付す大きな地球、自然、山。


大きくて重いザックを背負って、長い時は1日に10時間弱も、山を歩く。その行程においての標高差は2000mにもなる時がある、そんなアップダウンだ。樹林もあれば岩稜もある。もちろん、足元は舗装された道ではなく、日常生活では目の当たりにする事のないほど、ギョッとする道だ。ていうか、そもそも道と言うと誤解を生む。いわゆる獣道に、先人の踏み跡がある程度だ。道迷いも容易に起こすし、両腕も駆使し、岩を登り詰める時もある、20kg越えのザックを担いで。


山で直面する大抵の事を乗り越えられたら、下界で起こる事は造作も無い。ワンマンライブでドラムを叩く事と比較にならないぐらいに、3000m級の頂上を詰める時は息が上がるし、標高があるので、動悸もなかなか下がってこない。そんなちっぽけな人間の体内で起きている事など、どこ吹く風で、山体は雄大で、華厳さを抱き、そこに座っている。たった独りで、人気の無い山に登っている時は、この広い山域でこんなに息が上がっている動物は、間違いなく俺一人なんだろうなって感じる。風に擦れる木々や、地球を踏む自分の足音や、耳元や体にまとわり付く虫たちの羽音、その鳴き声からは何の動物なのか想像も付かない、そんな鳴き声や、時に癒され、時に怖くもある鳥の声。


スタート時に、流行る気持ちが、いつもより歩幅を1cm大きくする。それに自分でも気付いていない。だが、頂上直下まで来た時に、足が出なくなる。自分でも気付かないぐらいの僅かなアップペースが、終盤に来てきっちりと体に響く。体にめり込むザックの重み。折れない心が必要だ。だって、ここには話す相手も、手助けをしてくれる人間も居ないのだから。過去に一度だけ、極端なアップペースがたたり、下山時に脱水症状を起こし、ぶっ倒れた事があります。ブラックアウトした視界と、止まらぬ嘔吐。2時間ほど全く動けずに、下山した時には辺りは真っ暗闇。ヘッド電気は持っていたものの、山中での暗闇は、それはそれは尋常ではない暗さで。さすがにその時は、色んな事を反省し、学び、その後の山行の糧になっています。症状がもっと酷かったならば、誰にも発見されず死んでいたでしょう。


山の怖さと、人間の脆さ。それからと言うもの、日々を送るバイオリズムは、1cmに泣き、1cmに笑う事のないように、明らかに今までの生き方よりもペースを遅めでキープ。こつこつと刻み、止まる事の無いように。人間が地球の表面に構築した文明や社会など、服を羽織っているぐらいのモノ。山に入れば解ります。人間は、山ハエやアブ、ハチなどと全くの同等、同士であると言うことが。場合によっては、人間が嘲笑を受けている気にすらなります。発達したネット社会。日々、パソコンやスマホを使い、勉強したつもりになる、知ったつもりになる、行ったつもりになる、体験したつもりになる、会ったつもりになる。元々、実生活から離れたリアリティの無い場所なのに、今やそこからリアルを拾い集める事が可能だ。ただそれも、その「つもり」になっているだけで、そこに、生きる人間としてのリアリティなど無いと、俺は思っています。自分の体と心で、止まらぬ動悸を感じ、苦しい状況でも、足を前に、1cmでも2cmでも出す。出すしか、その状況を打破できない。一歩ずつ、一歩ずつ、慢心の無いように前へ出る。じっと我慢し、足を出せば、必ずや頂上へ、目標へ辿り着ける。自分自身のタイム感を、何度も自分内で反芻し、音楽を奏で、そして、山に登る。道迷いの無いように視野を一面に保ち、幾通りものルートが示された山岳地図を広げながら。ライブ(Live)、リブ(Live)。そこにこそ、人間本来のリアリティとタイム感が存在する。




溝渕ケンイチロウ プロフィール:ドラマー、シンガーソングライター。1971年4月15日生まれ。広島県出身。20代の中頃にポリドール(現ユニバーサルミュージック)、30代の頭にドリーミュージック。そこでの音楽活動を経て、現在はインディペンデントなスタイ ルで日々を邁進。2010年2月に驚愕の9人ドラムバンドの「DQS」を立ち上げ、初ライブを敢行。2011年末からはソロ活動も開始。登山好きが講じて、ここ半年の間で、登山雑誌に4回も掲載して頂きました。ドラムマガジンに掲載された時より、数倍嬉しかったのは事実です。登山、自転車4台、ドライブ、サッカー、写真、読書、カレー、ラーメン、ボウリング、搬入、撤収、パトロール、不動産チェック、研磨、出汁作り。この辺りがフェイバリット。

・ザ・カスタネッツ:2001年〜現在
・KGSS ON THE PEAKS:2011年〜現在
・DQS:2010年〜現在
・Twilight Set:2011年〜現在
・Qube:2006年〜現在活動休止中
・セロファン:1993年〜2004年

溝渕ケンイチロウ オフィシャルブログ:http://ameblo.jp/klik-kenichiro




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