14歳のまだ寒くなる前の季節。
街にひとつだけの楽器店で、ビートルズを歌う久保田くんに出会ったのが全ての始まりでした。
あれから34年も経つなんて、不思議なんてものでもなく、これはなんでしょうか。ニヤニヤしてしまいます。


デビュー30周年をむかえ色々思い返してみたのですが、家族のもとを16歳で離れ、今では両親も他界しており、ひとりの人間として35年近くも僕と変わらず接している人が4人もいてくれるなんて、なんと幸福なことでしょうか。
The東南西北というひとつのグループが僕にとってこんな存在になるなんて、当時14歳の僕には想像することも想像できなかったように思います。


今では久保田くんがその楽器店で話しかけてくれたことだけは記憶にありますが、まるで水が流れるように僕はグループに入ったイメージです。


ビートルズのコピーをしていたThe東南西北ですが、僕が入ったころからもうオリジナルの練習をしていました。
最初に僕が久保田くんからこう弾いて…と教えてもらったのは、「レゲエな気分」のギターでした。
それから「Jの後悔」「星がっちゃうねジャマイカ」と…
いつの間にか練習スタジオを飛び出し、人前でも時々演奏するようになっていました。


メンバーも知らないことですが、当時僕は両親にバンドをやっていることを秘密にしていたので、ギターを持って外出するのはそれはもう一苦労で、休日に練習があれば、出掛ける前に、こっそりとギターを外に持ち出し自転車に立てかけ、家の中へ戻って普通に外出する装い…。
平日なら、市内の学校に通う僕以外のメンバーの下校にあわせて練習スタジオに入るので、隣の市の学校に通う僕は練習がある日は5時限目から抜け出して、せっせとスタジオに通ったものです。


そんな時オーディションで東京へ行かなくてはならなくなり、そこで初めて両親にバンドでギターを弾いてることを告げたのでした。
思い出作り程の気持ちで両親は送り出してくれましたが、オーディションを終えた夜、結果を電話で伝えた時、母は笑って「馬鹿な事言っていないで早く帰ってらっしゃい」と一言。
「馬鹿な事」
それから30年以上続く事になる東京へ。


上京すると待っていたのは何もかもわからない世界で、久保田くん以外の4人で始めた共同生活はまるで猛獣の檻に放り込まれたように東京の片隅で4人肩寄せあって小さくなってた印象。


ギターを弾くということが仕事だという認識なんて僕にはまるでなく、周りのオトナ達は頭を抱えていたことでしょう。


デビュー前は合宿をしたり、メンバーそれぞれが先輩ミュージシャンの方に教わりに行ったりしていましたね。
当時教えて頂いたこと、今現在でも大切に使わせて頂いています。


デビュー直前から毎日がめまぐるしく忙しくなりはじめ、レコーディング、リハーサル、ドラマ収録、ラジオ出演、地方でのキャンペーンまわりなど本当に分刻みのスケジュール。
1日1日をただただ、こなす日々でした。


3枚目の「好奇心」を作る頃から、メンバーも各々作っていた曲や詞をディレクターに聴いてもらうようになり、アルバムに収録され、そこがひとつの大きな変化となりました。
その頃ひとり暗い部屋でやっていた作業、今も全く同じなわけです。


5枚目の「緑の国」を発表して、1991年の2月に解散となるわけですが、思い返すと「解散」という意識も僕にはあまりなかったように思います。
覚えているのは、解散コンサートの会場近くで久保田くんと2人でお昼ご飯を食べた事と、やたらと長かったけどあっという間に終わってしまった演奏…
終わって楽屋にもどると、またいつも通りの明日が来るって思っていました。


…そんな明日が20年後にやってきました。


再結成へ僕が参加したのは2011年の12月、アルバム「re-flight」のレコーディングから。
参加のきっかけは久保田くんからのお手紙でした。
何年か振りに見た久保田くんの文字。
ものすごく懐かしく、あたたかいお手紙でした。
2012年の5月からはステージにも参加。
これはとても勇気が必要でした。
The東南西北の曲をあんなに弾くのは本当に解散コンサート以来でしたし、リハーサルも当日の本番前のみで、足だけじゃなく全身震えました。
それでも勝手知ったる他人の…ではないけれど、我が家に帰ってきたような感じで、メンバーそれぞれのタイム感だったり呼吸だったり、何がどの位置にあるのか僕の身体が覚えていて、「これから」って事の予感が何かしていました。


デビュー30周年をむかえた昨年は、シングル「春夏秋冬」、アルバム「コンパス」の制作。
僕も「キミワラウト」という歌を作りました。
The東南西北では僕の作詞は初めてで、冒頭の「南風に…」の南はもちろん入船くんの事を意識していて最初からその言葉は決まっていましたし、他にも僕たちを連想させる言葉をいくつか織り交ぜたのも、ずっと応援してくださっている皆さんを思い浮かべながら作ったからでした。


デビューして30年。
ここにきて「コンパス」を発表できて本当に嬉しく思っています。
それは僕が14歳の時に思った、この人の歌が好き、声が好き、曲が好き、歌詞が好き、っていうのがそのまま詰まったアルバム「コンパス」。
胸を張って「これから」の道標としてやっていきたいと思えるものです。


そして30周年をむかえた今、キーボードの入船くんも再結成に加わり本当のThe東南西北となりました。
この5人揃った僕たちが「これから」どんな作品を作っていくのか、どんなステージをしていくのか、僕も楽しみでなりません。


1人でも多くの人に届くよう色んな活動を欲張りにやっていきたいと思っています。


「これから」も皆さん、僕たちと一緒に予感を実らせていきましょう。



The東南西北 加納 順








加納順 プロフィール:


1968年8月24日生まれ。
The東南西北を経て、オールディーズバンド「リバティーズ」他に加入し関東を拠点に活動。
久保田洋司バンドメンバーを経て2001年ソロアルバム「忘れた唄を思い出す」リリース。
現在、新ユニット「ケンモホロロ」を結成。映画「Sunset Drive」の挿入歌など制作。
2014年からはソロ活動も再開している。


■The東南西北 Official Web Site
http://tnsp1985.wix.com/tnsp
■直販サイト コンパス ダイレクト(加納さんのソロの音源も購入できます)
https://tnsp.stores.jp/







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