大野方栄さんのアルバム『Pandora』以来、作詞・作曲・編曲・打ち込みなど多岐に渡り参加なさっている高田信さん。どんな方なんだろう?と気になる大野ファンも多いのではないだろうか? 今回は、大野さんの特集を組むにあたり、高田さんに『ちゃぱら』の楽曲制作にまつわるエピソードはもちろん、高田さんの音楽の引き出しの多さはどうやって培われたのか?多方面から質問させて頂き、たっぷりお答え頂いた。 高田さんのお話によって、アルバム『ちゃぱら』をより深く楽しめる一助になればと思う。
<大野方栄インタビュー> <高田信インタビュー> <ディスコグラフィー>
♪高田信インタビュー ---高田さんは、大野さんの曲を作曲されるとき、どのようなことを考えながら作曲されるのですか? 高田:難しい器楽的なフレーズでも、可愛らしくコケティッシュにサラリと歌ってしまう大野さんのパワーがあればこそ可能な、唯一無二の表現の形があると思っています。 それを実現する為に、具体的な声と歌い回しによる曲の完成形をまず頭の中でイメージし、それを追いかけながら、メロディ・コード進行・アレンジを同時並行で頭から時系列的にPC上で書き綴って行く事が多いです。 ---詞先、曲先、どちらが多いのですか。 高田:私が作詞まで手がけたオリジナル曲をご採用頂く場合以外は、全て詞先です。 大野さんの紡ぎ出す、個性的な日本語のリズムや抑揚に寄り添うメロディを心がけています。 ---高田さんの音楽の引き出しの多さはどうやって培われたのだろう?と、ずっと気になっております。 高田さんは子供の頃〜現在までどのような音楽を聴いていらしたのですか? 高田:特に音楽的環境ではありませんでしたので、TVの歌謡ショーやアニメソングに囲まれた、当たり前の幼少期でした。 中学の時に、たまたまラジオから流れる中世〜バロック音楽とブラックミュージックに目覚め、高校を出るまでビートルズやベートーヴェンさえ殆んど知らず、大切な思春期を超偏食なまま消費してしまいました。 20歳前後にありとあらゆるジャンルに一気に触れた衝撃は大きく、音楽にのめり込む事になります。 ブラジルものの豊穣な海に出逢ったのもこの頃です。 欠落した時間を取り戻したいという想いと、また、自分では引き出しが少なすぎると痛感してもいますので、それが耳に入るものはとりあえず片っ端から手を出す雑食性を形作っているのかも知れません。 ---お好きなジャンルやアーティストは? また、高田さんはどのような楽器を演奏されるのですか? 高田:惹かれる音楽は、メロディがシンプルでコード進行に複雑みのあるポップスで、特にブラジルもの、中でもジャヴァン氏とイヴァン・リンス氏にはインスピレーションの源泉をたくさん頂いて来ました。 楽器は、アマチュア・オーケストラで学んだオーボエ、そしてバロックものでリコーダーを少々吹きます。 ---今回のアルバムで高田さんの作曲なさった曲では、「ダイアモンドの夢」「幸せのパリ」「摩天楼のヒロイン」「突然のプロポーズ」が、軽やかでジャジーなアレンジ、心地良さが素晴らしいと感じました。 高田:「ダイアモンドの夢」では大野さんを「ボーカルという楽器の演奏名人」と捉えて、即興的フレーズを詞の抑揚に寄り添わせてみたら面白くて、つい無茶なラインを書いてしまいました。 大野さん、面倒をお掛けしてすみません。でも歌って頂けて最高です♪ 「摩天楼のヒロイン」ではミュージカルのナンバーのような、色鮮やかに展開する詞の景色を大切にしました。また、TV主題歌でも活躍をされた大野さんの古くからのファンの皆様は、このタイトルが「摩天楼のヒーロー」と対をなしている遊びに、思わずニヤリとしてしまうのではないでしょうか。 「突然のプロポーズ」では女の子の揺れる気持ちのメタファーとして、フワフワしてなかなか着地しない、予測しにくいメロディを書きました。 ちなみに今回、アレンジまで担当させて頂いたのはこの4曲のうち「幸せのパリ」「摩天楼のヒロイン」でした。 やはりバリバリのジャズマンの皆様によるアレンジとプレイには圧倒的なリアリティがあり、感謝しています。 ---「幸せのパリ」では特に生楽器と打ち込みのバランスが凄くて、あまり打ち込みを感じませんでした。どのあたり苦心されたり工夫されたか、教えて頂けますか? 高田:ドラマーでエンジニアの吉川昭仁さんには「生ドラムでグルーブを作れば、打ち込み臭さが減って楽曲の骨格自体を活かせる」との有難いアドヴァイスとともに、実際に目の覚めるような素晴らしい演奏をして頂き、それが見事にハマったのです。 また、ストリングス等の打ち込みパートに関しても、リズムの縦線を揃え過ぎないようにするなど、生っぽさを強調しました。 更に、大野さんの発案で金管名人の部隊にイントロとキメの部分を吹いて頂き、更にグッとメリハリを付ける事ができたのは幸せでした。 ---高田さん作詞作曲の「SA・MI・DA・RE」には驚きました。 切なくて物語があって。効果音も映像が浮かぶように美しくて・・・。 この歌詞は高田さんの創作ですか?どのようなことを想いながらこの曲を作りましたか? 高田:誰でも心の隅にそっとしまっているであろう、恋に不慣れな頃の小さな後悔を、湿った季節の手触りでメランコリックに表現してみたくて、この詞を書きました。 当初、趣味の同人のVOCALOID作品としてネットに上げていたんですが、まさかのアルバムにご採用頂き狂喜乱舞です。 作編曲的には、和テイストを主体に、心象風景と現実の情景がシネマティックに切り替わる造りとしました。対比を狙って挟んだ中間のアーバンなセクションは、丁度2倍速で回し、前後の額縁との整合を図っています。 ---高田さんがアレンジ、打ち込みを担当なさった「パラダイス」は、ショーロの名曲にのせて無人島に置き去りにされた男女のストーリー。 高田さんのアレンジはベースラインが印象的で、途中からゲームの音が入って本当に楽しめました。 どのようにお考えになりアレンジ、打ち込みされましたか? 高田:古い時代のショーロを実力派の2グループ男女8人がアカペラ(無伴奏)でリメイクした、完成度の極めて高い作品をリスペクトしながらも、今のエレクトロな技術でもうひと越え飛んでみたのがこのバージョンです。 低音パートを含め、やるからには面白さが活きるようにと、殊更にシンセサイザーっぽい音色を選んでいます。空想の冒険物語をロールプレイングゲームのノリで表そうと考え、初期の8ビットのゲーム機のチープな音を、南国風のスティールパンと絡めました。 歌唱のメロディラインも過酷なフレーズばかりなのですが、サラリとこなす大野方栄さんの桁違いの上手さには改めて舌を巻いてしまいます。 ---「Kiss」についても高田さんがアレンジと打ち込みを手掛けていらっしゃいます。 切ないラブソングですが、ドラムンベースとレゲエを混ぜたような?独自のリズムですよね。 高田さんのアレンジと打ち込みには遊び心がありますね。そのあたりどのようにお考えでしょうか。 高田:小林治郎さんの可愛らしくも胸キュンな本作は、頂いたデモ段階で既に、レゲエとドラムンベースとダブが分化し切らない時代を反映した、エロティックな熱さを感じさせる洒脱さに溢れていましたので、その方針で骨を一本通して磨きを掛けるのに迷いはありませんでした。 それと、もう一つの視点として、ラテン・カリブとの対比を狙って、時空間的に遠くに位置するバッハのフレーズを間奏にしのばせて色合いに変化を付けました。ゴルドベルク変奏曲の第29変奏と、イタリア協奏曲の第3楽章から拝借しています。 遊びというものは何でもそうですけれど、大真面目に取り組むほど楽しくなるんだと思っています。 ---今回のアルバム制作において、印象的なエピソードを教えて下さい。 高田:制作中はいつもなんですが、大野さんが溢れんばかりにたくさんの美味しいものを用意して下さり、ミュージシャンやスタッフの皆さんとの、殆んどパーティのノリのワイワイした楽しさの中で、理想的に心地よい緊張が途切れずに高い意識を継続できていた事は、この時間が終わってほしくないとさえ思える、村祭りのような至福の経験でした。 セルフプロデュースで全体に細やかな目を配る大野さんと、プレイヤーのリーダー兼アレンジャー筆頭のMIKAさん、そして音楽家の目で成果品を取りまとめるエンジニアの吉川さんの御三方が、「対等な3人の芸術家のユニット」として互いに率直な意見を交わし合う姿が常にそこにあり、「大野組」がパワフルな音楽を生み出す上での本質を垣間見て、何度も何度も背筋が伸びました。 --高田さんの創作の源は何だろう?と思いました。 ご自身ではどう思われますか? 高田:喜怒哀楽を超えた所にあって、世界の秘密に触れる瞬間に人が経験する、静かに胸が熱くなるあの気持ちが、創作の源です。 これを表現する手段が私の場合は音楽でしたので、この一点でだけは自分を欺かずに、不器用でも正直ベースでやって行きたいです。 ---このWEBマガジン恒例の質問です。 高田さんにとってのCheer Up!ミュージックを教えて頂けますか? 高田:ホント、出来過ぎみたいですけれど、30年以上ブレずに大野方栄さんのファーストアルバム「マサエ・ア・ラ・モード」を偏愛しています。ですので、夢が突如現実化してしまったこの状態が、未だにピンと来ていなんですよね。 中でもカシオペアのカバーの「Take Me」と「朝のスケッチ」はラブソングを作る時、いつも世界観のリファレンス元として胸の奥に響いています。 そして同世代のもうお一方の天才的シンガーソングライター、花岡幸代(はなおかゆきよ)さんの作品世界も常に心の側にあります。「金のりぼん」「さよならの扉」「Spice」の3枚のアルバムはいつまでも聴ける、まさに私にとっての珠玉の歌たちです。 クラシックではバッハの「マタイ受難曲」が、現実世界で追い詰められた時の逃げ場です。 ---お好きな映画や本があれば教えて頂けますか? 高田:映画ですと ユーリ・ノルシュテイン監督 「話の話(79/露)」 フリドリック・トール・フリドリクソン監督 「春にして君を想う(91/アイスランド)」 ヴィンセント・ウォード監督 「心の地図(92/豪・英)」 本ですと ヘルマン・ヘッセ 「ガラス玉演戯」 ウンベルト・エーコ 「三人の宇宙飛行士」 井上靖 「おろしや国酔夢譚」 のような、「生きている事こそロードムービー」的な世界にキュンと来ます。 最近では片渕須直監督の「この世界の片隅に」と、浅野いにお先生の「デッドデッドデーモンズデデデデストラクション」に深くハマっています。 ---今後の展望や夢を教えて下さい。 高田:説得力あるメロディを生み出したいです。また、文化は混ぜるほど美味しくなると信じていますので、世界を映したように時代やジャンルが寄せ鍋になった音楽を作れるようになりたいとも思っています。 そして、音楽に慰められてここまで生きて来られた事へのお返しとして、今度はどこかで聴いて下さった誰かに「生きて行くのも悪くないな」と思って貰えるような楽曲を、日々勉強しながら書く事ができたら本望です。 ---どうもありがとうございました。今後も高田さんの手掛ける楽曲を沢山聴いてみたいです! ◆プロフィール:
高田 信(たかだ しん):作曲家 高田信 Twitter https://twitter.com/heartwarming_c |