マイルス・デイヴィスと交流があり、マイルスに関する著書をはじめ多数のジャズの本で知られるジャズ・ジャーナリスト小川隆夫さん。quasimodeのリーダーを経てこの8月には新プロジェクト「Yusuke Hirado Prospect」を始動させている平戸祐介さんが手を組み、さらにマイルス・ミュージックの遺伝子を受け継いだ精鋭プレイヤーたちと結成したスーパー・ジャム・バンドが、今回ご紹介する【Selim Slive Elementz】(セリム・スライヴ・エレメンツ)だ。周到なリハーサルを重ね、2016年12月に横浜赤レンガ倉庫にあるMotion Blue yokohamaにて初ライヴ。その後も順調に活動を広げ、ついに1stアルバム『Resurrection(復活)』をリリース。 大きな話題を集めているSelim Slive Elementzのアルバムリリースを記念して、今回は小川隆夫さん、平戸祐介さん、元晴さん、小泉P克人さんにインタビューが実現した。(2017年8月)


♪小川隆夫インタビュー

---小川さんはマイルス・デイヴィスと交流があり、小川さんにとってマイルスは特別な存在だと思います。
このようなマイルス・ミュージックの遺伝子を受け継いだコンセプトのバンドをやってみたいと思ったきっかけを教えて頂けますか?


小川:実は1970年ごろに『ビッチェズ・ブリュー』に影響されたエレクトリック・マイルス風のバンドを作っていたのですが、学業との両立が難しくなり、音楽活動を辞めた経緯があります。1983年からは、本業である医者の仕事をしながら音楽関係の仕事もしてきました。頭の片隅には、やり残してきたものとしての演奏活動がずっと残っていたのですが、具体的なことは考えずにその後も過ごしてきました。

「またやってみたいな」と本気で思い始めたのは数年前に聴いたジョン・マクラフリンのライヴがきっかけです。それと、プロデューサーのキップ・ハンラハンが、自分は演奏しないけれどステージでメンバーに指示を与えてバンドの一員として活動している姿を目撃したこともヒントになりました。

こういうことがあって、自分でもバンドを結成してステージに立てるのでは? と考えるようになったのが2年くらい前です。その直後(2015年暮れ)、以前から親しかった平戸祐介さんにバンド結成の話を持ちかけました。彼は、ぼくがやりたいことをその場で理解してくれて、そこからSelim Slive Elementzの具体化が始まりました。

---バンドメンバーの人選はどのようにされましたか?

小川:平戸さんと相談して、バンドのコンセプトに合ったメンバーを決めました。

---「21世紀のエレクトリック・マイルス・サウンド」とのことですが、トランペットは不在。それはマイルスしかいないということで、トランペッター抜きにしたのでしょうか。
また、「2サックス、2ギター、4リズム」という楽器編成について、このような編成にした経緯を教えて頂けますか?


小川:「もしマイルスが生きていたら、いまはこんな音楽をやっていたのでは?」というコンセプトなので、マイルスに敬意を表し、彼のためにトランペットの席は空けてあります。野球でいえば永久欠番みたいなものです。
それで、トランペッターの代わりにもうひとりサックス奏者を加え、ぼくの目論見としてはバンドの中にジョン・コルトレーンとウエイン・ショーターがいて、彼らが競り合っている、というイメージです。

2ギターにしたのは、ぼくのギターがいい加減なのでもうひとりちゃんとしたギタリストが必要だったことと、70年代中期のマイルス・バンドは2ギター編成だったので、そのころのサウンドを踏襲するための起用です。でも、Selim Slive Elementzの音楽とサウンドはあくまで、「70年代マイルス・バンドを出発点にしたぼくたちならではの音楽」を目指しています。コピーすることはいっさい考えていません。なので、レパートリーはオリジナルが中心です。

---1stアルバムをライブ録音にした経緯・理由を教えて頂けますか?
ライブ録音にしたことにより、レコーディングやアルバム制作で大変だったことはありますか?


小川:最初のリハーサルでメンバー全員が、このバンドは「ライヴ・バンド」との強い確信を持ちました。「ライヴ・バンド」というのは、ライヴでこそ実力や魅力が発揮できるという意味です。

当初から目標のひとつにアルバム制作がありましたから、その時点でライブ・レコーディングをしようと考えました。それも煮詰まる前の早い時点でのライヴ・レコーディングがベストと考え、いくつかのレコード会社と相談した結果、T5Jazz Recordsさんと意見の一致をみて、3回目のライヴでレコーディングを実現させました。

レコーディングでは、プロデューサーとして1曲が長すぎるのは避けたかったのですが、演奏の即興性と自由は束縛したくなかったので、メンバーにはほとんどその手の注文は出さず、いつものようにやってもらうことを優先しました。
その代わり、Mixにかなりの時間をかけています。DSDレコーディングだったので細かい編集作業はできませんが、音のバランスや雰囲気は想像以上に素晴らしいものになったと自負しています。音質が素晴らしいことにもびっくりしました。


---昨年11月にリハーサルにお邪魔しました。
皆さんで意見を出し合い音楽を創っていくご様子を垣間見ることが出来て、また熱気に圧倒されました。
その後もリハを重ね、12月の「モーションブルーヨコハマ」で初ライブ、その後も順調にライブを重ねていらっしゃいます。ここまでの道のりを振り返って、どのようにお感じになりますか?


小川:バンドでは音楽監督が平戸さんでリーダーがぼくという役割分担ですが、ぼくは「メンバー全員で音楽を作っているバンド」と考えています。つまりぼくがメンバーを雇って、自分のやりたいことをやっているのではなく、メンバー全員に音楽の根本から関わってもらいたいという思いが強くあります。その点で、メンバーは全員がぼくの意図を斟酌し、それぞれがこのバンドに対して前向きに接してくれていて、とても嬉しく思っています。つまりSelim Slive Elementzの音楽と演奏はメンバー全員が気持ちをひとつにして作っているということです。

2〜3カ月に一度ライヴをやろうと考えていて、ここまでは予定通りの活動状況です。ライヴを重ねるたびにバンドが進化していることを実感しています。これは、やはりメンバーがどうしたら少しでもいい演奏ができるかということを考えているからだと思います。

ぼくとしてはこのバンドにはまだまだ秘めた可能性があると思っています。それを引き出すのがプロデューサーでもあるぼくの役目なので、責任重大であることも自覚しています。

---平戸祐介さんを「Musical Director」にされた経緯を教えて頂けますか。

小川:最初の質問で答えたように、このバンドは平戸さんに相談したことから始まりました。マイルスの音楽を熟知しているのが平戸さんでしたから、最初から彼の音楽監督を想定してのもちかけでした。

---作曲は、「Reincarnation」とマイルスの曲を除いては小川さんと平戸さんの共作なのですね。
どんな感じで曲を作られるのでしょうか。作曲の役割分担など教えて頂けますか?


小川:ぼくが「リズムやメロディや雰囲気はこんな感じで」とイメージを伝え、あるいは参考になる音源を渡し、それをもとに平戸さんがデモテープを作るところから始めて、その後はスタジオでメンバーも交えて徐々に形を整えていきます。ですからクレジットは「共作」ですが、実質は平戸さんのオリジナルといっていいと思います。


---ダンサブルで楽しい印象の「Strange Vibes」「Double Image」、美しいバラード「Reincarnation」、そしてミステリアスな「Dark, Dark, Dark」など、バラエティに富んだ曲調で、聴けば聴くほど味わいが出てくるアルバムと感じました。
もしもマイルスがこのアルバムを聴いたらどんな風に言うだろう?とお考えになりますか?


小川:「So what」でしょうね(笑)。

---アルバムの最後はマイルスの「In A Silent Way / It's About That Time」での締めくくり。
数あるマイルスの曲の中でも、この曲を選んだ経緯を教えて頂けますか。


小川:これは偶然で、あるとき平戸さんと小泉さんとぼくとでミニ・ライヴをやったときに、この編成でできる曲として「In A Silent Way」をやってみました。それが思いのほか面白かったのでSelim Slive Elementzのレパートリーにしようとなって、バンドで演奏する後半(It's about that time)を加え、マイルスのアルバムと同じメドレーで演奏することにしました。

---このアルバムでは、特別予約販売が行われたことも話題になっていますね。(予約受付終了済)
CDが売れないと言われる時代ですが、そのような中、ジャズが大好きなファンにとってはこういう企画は嬉しいと思います。届けたい人たちに喜ばれる企画というのは、新しい販売の方法ではないかと思いますが、そのあたりいかがお考えですか?


小川:これはレコード会社の意向です。
今後は、こうやってレコーディングの費用を捻出していくやり方が普及するかもしれませんね。





---日本のジャズ界はこのところ様々なユニット、バンドが出てきて、それぞれに新しいことにチャレンジしていて、ロックフェスに出演するバンドがいたり、東京JAZZ、かわさきJAZZなど各地のジャズフェスも盛況という印象です。
そこに登場した唯一無二の存在感を持つSelim Slive Elementz。ますます日本のジャズが元気になってきたと感じますが、どのようにお感じになりますか?


小川:従来のジャズでは括れない音楽が登場して久しく経ちますが、ぼくたちの音楽もジャズを知らないひとたちが聴いて楽しめるものと思っています。そういう点で可能性は広がりを見せていますので、バンド結成2年目はもっと違ったジャンルの場で活動したいと考えています。そこから、旧来のジャズ・シーンにも何らかの形でフィードバックできるものがあれば、Selim Slive Elementzの結成意義もあるのでは? と思います。


---このWEBマガジンの恒例企画なのですが、小川さんにとってのCheer Up!ミュージックを教えて頂けますか?

小川:いろいろありますが、「Selim Slive Elementzの小川」ということであればマイルスの『オン・ザ・コーナー』です。

『ON THE CORNER』MILES DAVIS



---9月1日のTOKYO JAZZの出演も決まったSelim Slive Elementz。
今後の展望を教えて頂けますか?次のアルバムのアイディアはもう出ていますでしょうか?


小川:活動を開始して一年も経っていませんが、2年目の目標としては、レパートリーの拡充、地方を含めこれまでとは違う場所での演奏、ゲストを迎えたライヴ、そして2作目として緻密なサウンドを追求したスタジオ録音などを考えています。そのためにも、地道に皆さんの協力を得て、ひとつひとつを実現させられたらいいなと思っています。

---どうもありがとうございました。Selim Slive Elementz、今後もますます楽しみにしております。





『Resurrection(復活)』Selim Slive Elementz

1. Introduction
2. Strange Vibes
3. Call It Whatever
4. Dark, Dark, Dark
5. Double Image
6. Reincarnation
7. In A Silent Way / It's About That Time

Personnel - Selim Slive Elementz
平戸 祐介 (quasimode) Keyboards, Musical Director
元晴 (ex. SOIL & "PIMP" Sessions) Saxophone
栗原 健 (mountain mocha Kilimanjaro) Saxophone
小泉P克人 Electric Bass
コスガ ツヨシ (cro-magnon) Electric Guitar
大竹 重寿 (cro-magnon) Drums
西岡 ヒデロー (Conguero Tres Hoofers) Percussion
小川 隆夫 Electric Guitar, Producer

Live Recorded by Motohiro Noguchi on May 18, 2017 at 晴れたら空に豆まいて
Mixed by Koji “C” Suzuki at Sony Music Studios Tokyo
Mastered by Koji “C” Suzuki at Sony Music Studios Tokyo

A&R: Tadashi Shimizu
DESIGN: JAM Suzuki
PHOTO: Wataru Nishida & Amiri Kawanabe (WATAROCK)

EXECUTIVE PRODUCER: Tadashi Shimizu

発売日:2017年08月23日
レーベル:T5JAZZ RECORDS
規格番号:T5J1014


Selim Slive Elementz Facebook
https://www.facebook.com/SelimSliveElementz/

Selim Slive Elementz Twitter
https://twitter.com/SelimSliveEz

T5Jazz Records
http://www.t5jazz.com/p/selimsliveelementz.html








◆プロフィール:

小川 隆夫 (おがわ たかお)
東京都出身。
ジャズ・ジャーナリスト、整形外科医、DJ。
‘81年〜'83年ニューヨーク大学大学院留学中に、多くのミュージシャンや音楽関係者と親交を深める。帰国後整形外科医として働く傍ら、ジャズを中心とした音楽関係の原稿執筆、翻訳、インタビュー、イベント・プロデュースなど等開始。これまで約3,000本のライナーノーツをはじめ、ジャズ関連の著書を多数。レコード・プロデューサーとしても多くの作品を制作。
代表的な著書に「マイルス・デイヴィスの真実」「TALKIN’ ジャズx文学」(芥川賞作家・平野啓一郎との対談)「ブルーノートの真実」、昨年発売の「証言で綴る日本のジャズ」(今年度ミュージック・ペン・クラブ賞受賞)等がある。今年も2月発売の「ジャズメン、ジャズを聴く」に続き、’17年10月発売予定「証言で綴る日本のジャズ2」等、複数の出版が予定されている。


Twitter
https://twitter.com/hn4togw


♪最新Liveインフォーメーション

2017年8月20日(日)
Selim Slive Elementz
「Resurrection (復活)」発売記念試聴会
@ソニー・ミュージックスタジオ (東京)
※注意:演奏はありません
■司会
小川隆夫
平戸祐介


2017年9月1日(金)
SELIM SLIVE ELEMENTZ
東京JAZZ 2017 The Club
@渋谷WWW X (東京)
■MEMBER
小川隆夫 (g,Producer)
平戸祐介 (p)
元晴 (sax)
栗原 健 (sax)
コスガツヨシ (g)
小泉P克人 (el-b)
大竹重寿 (ds)
西岡ヒデロー (per)





(C)2009-2017 Cheer Up! Project All rights reserved.